都内の某大学生のブログ。専門の進学先も何とか内定し、ここからが勝負という感じです。気軽にコメント下さい!!
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【連載】 2007年総見① キャンパスライフ
※昨晩書いたものをアレンジして、少し軽めにしたものを掲載します。


昨晩の更新の中でも書いたとおり、今年はほとんど明るい話題がなかった印象がある。
もちろん、高校を卒業して大学に進学して……と、一見、明るい1年のようにも(外面的には)見えるが、(内的には)全くもって「明るい1年」とはかけ離れたものだったといえよう。

今年1年を表す言葉を一つ選ぶならば「停滞」である。
要は、今年1年、全く自分を(本当の意味で)成長させることが出来なかったということになろう。

以下、3回にわたり、そんな2007年を(オブラートに包みながらではあるが)振り返ってみようと思う。
第1回の今回は、「キャンパスライフ―主に勉学面」からの反省である。


今年1年、勉学面では、ある一つの概念の理解に、ある種の葛藤を味わうことになった。
それが、「点数」というものについてである。

夏学期の最終成績は、点数的には全くもって満足できるものではなかった。
恐らく、平均は割っているだろうし、このままでは3年生からの進学先が全く見当たらない状況にもなりかねないものである。

周りの人からも、いろいろなことを言われてきた。
「このままじゃ進学が危ない」とか「もっと真面目にやれ」とか。
もちろん、彼らの発言(の大部分)は、オレの将来を心配してのものであろうことは十二分に承知済みである。
しかし、彼らの発言を聞くと(特に後者のような発言)オレはいつもこう思ってしまう。
「点数だけで他人の生活すべての価値を判断するのは止めてくれ」
確かに点数は重要だ。進学できるかできないかは、すべては点数にかかっている。すべてが点数だけで決まってしまう。それゆえ、点数を取ることは、必要なことである。いや、むしろ、「必要最低限の点数」を取ることが必要なのであろう。
でも、点数だけで他人の生活のすべてを判断してしまうのは間違っている。
しかも、まだ大学最初の1学期間だけの成績で。

加えて、大学生の中には、いわゆる「点取り虫」になってしまっている人々―あらゆる手段を行使して点数を取りに来る人々が大量に居ることにも、ただただ唖然とさせられた。
自分を磨くために入学したはずの大学で、「点取り虫」になってどうするつもりなのだろうか。
もちろん、中には真の実力で点数を勝ち取って行く人もいるだろう。そう言った人々の能力には、ただただ敬服するしかない。しかしながら、そういった人たちはごくごく少数で、実際、大部分の人々は「その場しのぎ」で高得点をかっさらって行っている気がする。
そんなことをして、いったい何が自分の将来のためになっていると言えようか。
親から授業料払ってもらって大学に来て、結局学びとることは「如何にして短期間で、楽して点数を取るか」ということなのか?

その点、自分は(現在のところ)周囲からの期待に背かない程度の学習は出来ていると自負している。特に冬学期の学習については、その自信がある。実際に、自分の知識がどんどん増え、感覚が磨かれていくその過程を楽しめている。点数は取れないかも知れないけど、もしこの方法で取れなかったら、オレはあっさりと諦めることが出来る、「点数は実際の学習を計り取る尺度ではない。だから仕方ない」と。そう言えるくらい、自信がある。


ちょっと4月に話を戻すと、オレは初っ端のオリ合宿初日、インフルエンザに罹ってしまい、合宿途中で東京に強制送還された。
このことが災いしてか、(特に夏学期)クラスメートとの交流がスムーズにいかなかった感が否めない。
ただでさえ、あんまり仲が良くないとされる理Ⅰのクラスにおいて、これは致命的な状況であることは言うまでもない。さらに、自分の過失でこうなってしまったわけではない、すなわち、「あそこでこうしておけばこんなことにはならなかったのに」という要素がないことが、さらに自分の首を絞めつけていた。
しかし、これは開き直りというわけではないが、そういう立場に置かれているからこそ見失わない何か、あるいは新たに見え始めた何かがあったこともまた事実である。
失ったものは確かに大きいが、それを回避する手立てが何もなかった以上、「たら」「れば」を議論しても意味がない。
そして、暗い1年の中でかすかな光があったとすれば、「孤高」だったからこそ、ここまで守り通し、そして新たに手に入れることの出来た信念、あるいは世界観と言うものだったのだろう。この段階で得られたそういう「光」は、今後の人生においてもきっと活かしていけるものであると信じたいし、そうであると願っている。

過去の出来事の意味づけは、そのほとんどが先の将来の中でなされていくものなのだろう。
だからあえてここでは「今年」というものに意味づけをせずに、「停滞」としておきたい。
遠い将来、いつの日か今年1年が大きな意味をもつ日を夢見て、『2007年総見第1回』の締めくくりとする。


※次回(第2回)は、生活リズムの観点から今年1年を振り返ります。
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